Yu Kohsin ファイバーアートデザイナー(ギズボーン・オーストラリア)

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インド、バラナシの同じ宿に泊まっていた大阪出身のヒロさんが言うので、ぼくはヒロさんについて行った。

 

面白い人というのはカシンであった。カシンは台湾出身の女性である。 日本語も英語も本当に流暢に話す。ペラペラである。それもそのはず、彼女はフリーランスの翻訳家であり、また、旅行好きな人なら誰でも知っている「地球の歩き方」の中国語版の記事を書いている人だったのだ。(これについてはただ翻訳をするのではなく、自分で現地へ行き記事を編纂している!) 相当な旅人である。

 

早朝、ぼくはヒロさんと共に朝日の昇る中ガンジス川の方を向き、カシンにメディテーション(瞑想)とヨガの仕方を一週間習った。

 

 

さて、途上国を旅したことある人ならほとんどの人が考えさせられる事柄の一つとして、「物乞いにお金をあげるべきかどうか」というものがある。

 

皆さんはどう思うだろうか。もちろんこれには解答があるわけではない。

 

お金をあげたほうがいいのか。そんな事はやめさせたほうがいいのか。

お金をあげるから物乞いが減らないのか。お金をあげるから我が子を傷つけて同情を誘うのか。

汚いから近寄らないようにしたらいいのか。国がどうにかすればいいから個人は気にしないでいいのか。

 

 

皆さんそれぞれの答えを持っていることと思う。

 

ぼくはそれについては結構悩みながら旅をしていた。カシンほど旅をしている人は一体どのように考えているのだろう。彼女にその問いをぶつけてみた。

 

彼女はこう言った

「相手を、ただ自分と同じ人間としてみる。路上に生きていても、それが人の価値を決める材料にはなり得ないから。」

 

物乞いの子どもがいれば、なんの枕詞もない「子ども」として話をするし遊ぶし、あげたければお小遣いをあげる。

身なりがどうだから見下すとか、大人なら働けばいいのにと蔑んだりとか、そういうことはしない。

受取り方の問題だ。そこから先の行動はその都度で構わない。

 

カシンは旅人だが、実は同時にハードワーカーでもある。ものすごく働いているのだ。今は自身の好きなファイバーアート(麻ヒモやロウ引きヒモなどを編んでつくるアクセサリ)を作って販売したり、翻訳の仕事もしたりして、ニュージーランドで楽しそうに暮らしている。

彼女の描いてくれたGood Life。達観している感すらある。

Kohsinのファイバーアート

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