毎日

五日間の割と長い休みをとり、実家に帰った。

ばあちゃんの調子が良くないと聞いていたからだった。
ばあちゃんは九六になる。帰郷して、聞いていた話より元気そうなばあちゃんと話をして、手を握り、

実家でのんびりして、ガキの頃のだらりとした暮らしに身を預けて、

みたけれど、実際はぼくの心はもとに戻らなかった。

この東京の暮らしで、ぼくはいくつか感情を失った。

人に優しく、
生きようと思いながらも、

なぜか慈悲の心も愛も、

曖昧な状態でしかぼくの頭の中になく、
心臓のあたりにボンヤリとしかなく、

本質的なものが見えず、行動が崩れている。
いや、
失ったというのは本当だろうか。
もとからぼくはこういう人間だったのでは。

こんなことを考えていた約一ヶ月後、

ばあちゃんはじいちゃんのところへいった。

親族がなくなるとき、何かが見える。

偽善だと自分を疑いながら、
自分のしたことを

毎日、

悔いながら、

もう会うことのないだろう人、
遠くから眺めることはあっても、
言葉をかわすことはないだろう人のことを
毎日思い浮かべながら、

この人間らしい街を出ることを考えている