Uta Nishino / 自給自足生活者(不明・日本)

バンクーバーのダウンタウンに一泊十カナダドル(約八五◯円)の汚ったない安宿がある。
ぼくはそこにしばらく住んでいて、ユウタ君とはそこで出会った。
頭を丸め、無国籍な上着を着ていたユウタくんを、ぼくはお坊さんを眺めるような目で見ていた。
「玄米さえ食えば生きていけるんだ」
ユウタ君はここに来る前までオートラリアにいた。ファームの仕事などいろんなことを経験するうちに、食事に興味を持ち出して、タイトルは忘れたのだが、日本の食について書かれた本を大事そうに持っていた。そして当時はいつも鍋で玄米を炊いていた。
「イエローナイフまでチャリで行こうと思うんだ。しんさんチャリ買いに行くの一緒についてきてくんない?」
ここから自転車で?何を言っているんだろうと思った。バンクーバーからイエローナイフまでは北に二千キロ以上ある。しかも極寒の地だ。
しかし、それからしばらくして彼は無事イエローナイフまで自転車で行き、その後帰国して田舎で農業をして暮らしていた。
実は、数ヶ月前に彼と四、五年ぶりに再会する機会があって、彼はうちに一泊した。
それから
どこかへ行った。
どこに行ったのかわからない。けど、日本のどこかでたぶん元気でやっているのだ。
このモノというモノに満ち溢れた国で、彼はそれと離れることを選んだ。
必要のないモノと見切りをつけて、
それのないところへ行った。
ユウタ君のGood Lifeを読んで、ハッとさせられる人も多いはずだ。
働くことに対して
生きることに対して
そしてぼくらが本当に必要なものに対して。
あの日、汚い安宿のドミで、ユウタくんが歌ってくれた
「宿はなし」という歌が気に入って
それからぼくは、
彼があの街を去ったあとコードを覚えてギターを練習したんだ。
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