毎日の終わりと希望について / Special Essay #03 Kohei Tsunematsu

ふとしたきっかけで、自分の左胸の内側あたりで繰り返される、小さな振動を感じることがあります。

 

日常ではあまり気にしないそいつの正体を、医療ドラマや健康番組なんかで見てしまったりなんかすると、僕はたちまち不安になってしまいます。おぉ、怖っ

 

よくよく考えると、ヘタレな僕の体内にあるピンク色した筋肉の塊が、1993年からの25年もの間、ドッ・ドッと動き続けていること自体不思議なことに思えますし、この先何十年、それどころか数秒先も休むことなく、そのまま動き続けていてくれるという保証はないからです。

 

だからこそ、僕の心臓が鼓動しているうちにやっておきたいこと、見たい世界というものがあります。

 

端的に、そして恥を忍んで正直に言えば、僕は小説家になりたい。
文章による表現を用いて、人に理解され、繋がっていたいと思うのです。そして、僕が出会ってきた人たちとの思い出や経験、考えたことなんかを、物語にして、世の中に残したいのです。

 

言葉は、人と他人との断絶を超えて、経験や感情や考え、情報を共有することのできる一種の魔法のようなもので、
文章は、それに少し手をかけるだけで時代や国も飛び越えることができ、読む人に様々なことを教えてくれます。

 

つまり、僕にとって読書は、文章の書き手や、登場人物なんかと友達になって、お喋りを聞くことのようなものだと思っています。
ということは、本とは、既に心臓が動かなくなってしまった人とも繋がれるSNSみたいなものでしょうか。少しオカルトチックな言い方ですかね(笑)

 

この『Flops & Lines』では、この同時代を生きる寄稿者さんが書かれた、それぞれの”Good Life”にまつわる物語が掲載されています。それらの文章を読むと、想像したこともない生活を垣間見て驚いたり、羨ましくなったり、正直な気持ちに共感したり、勇気が湧いてきたりしました。

 

僕もこうして、ご厚意によってエッセイを寄稿させて頂いている訳ですが、
ご覧の通りの文章ではまだまだ、意味が伝わり辛いだろうし、読みたいと思わせるようなものを書くことができていないと思います。

 

もし小説を書けても、公に世に出せるかどうかですら怪しい僕ですが、
それでも、限られた時間を、好きなことをより研ぎ澄ませるための努力や、「次はこうしてやろう」なんていう企みに注ぎ込むというのは、楽しいものです。
でも、「こうなりたい」と漠然と考えるだけで尻込みしているだけだと、平凡な日常はすぐ追い付いてきてがんじがらめにされ、エネルギーと時間を奪われてそのまま状況は変わらないままです。心臓だけがドッ・ドッと鼓動を続ける。

 

もし、そこではない場所に実現したい理想の自分があるのなら、もしくは、今居る場所がひどく生き辛いのなら、
仕事やバイト、家事や学業なんかで搾りかすみたいに疲れ切った体でも、ちょっとした中途半端な時間でも、深夜遅くでも、立ち上がって、日常がまたやって来るまでの間、ひたすらに登り続けなければならないと僕は思うのです。とり付いた斜面の先に頂上など無くとも、頭上に浮かぶ月の宮殿へは行けなくとも、登り続けているうちに、少しずつ、景色は変わってゆくだろうと僕は信じているのです。

 

どうせなら純粋な感動と楽しさを感じられる方向へ。その先に待つ、より良き人生を目指して。

 

 

常松功平
山口県宇部市出身。2016年に福岡県の大学を卒業後、映像制作やWebライターの仕事をしつつ新聞記者を目指すも断念。現在は鉄工所に勤務する傍ら、執筆活動を行っている。

常松功平ブログ:宇宙をぶらぶら漂流中